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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)26号 判決 1990年4月26日

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  各控訴費用は、全体を通じて二分し、その一を第一審被告岩田光利の、その余を第一審原告佐久国美を除く第一審原告らの各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告佐久国美を除く第一審原告ら

1  第一事件

(一) 原判決中第一審原告佐久国美を除く第一審原告ら敗訴部分を取り消す。

(二) 第一審被告らは、各自、大阪府に対し、金九〇万八七九〇円及びこれに対する第一審被告岩田光利、同川上勇、同岡崎義彦は昭和五八年八月二七日から、第一審被告松江潔は同月二八日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

(四) 第(二)項につき仮執行宣言

2  第二事件

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審被告岩田光利の負担とする。

二  第一審被告岩田光利

1  第一事件

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審原告佐久国美を除く第一審原告らの負担とする。

2  第二事件

(一) 原判決中第一審被告岩田光利敗訴部分を取り消す。

(二) 第一審原告らの第一審被告岩田光利に対する請求中、大阪府に対し金六七万八三七〇円及びこれに対する昭和五八年八月二七日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める部分を棄却する。

(三) 訴訟費用中、第一審被告岩田光利と第一審原告らとの間に生じた分は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

三  第一審被告岩田光利を除く第一審被告ら

1  第一事件

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審原告佐久国美を除く第一審原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

以下のとおり補足するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決五枚目裏九行目の末尾に「これは、第一審被告らの故意による共同不法行為に該たる。」を、同一七枚目裏七行目の「名のもとに」の次に「これと同一日に」を、それぞれ加える。

二  第一審被告岩田光利は、その法的責任について、当審において、次のとおり主張した。

水道部総務課長のいわゆる「専決」は、権限の内部的な委任であるから、同課長の違法な支出に対し、企業管理者が責任を負うのは、故意又は過失によりこれに対する指揮監督権の行使を怠ったときに限られる。ところで、本件支出は、違法なものではないし、たとえこれが違法なものであるとしても、第一審被告岩田は、企業管理者として就任してから本件支出までにはわずか二か月しかなく、また従来から定例の監査委員による検査、監督等の際に水道部の支出が不適正であるとの指摘もなかったから、同第一審被告が本件各支出について指揮監督権を行使すべき状況にはなかった。したがって、同第一審被告が指揮監督権の行使を怠った場合に該たらない。

第三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所の判断は、原判決の理由の説示と同一であるから、これを引用する。但し、以下の付加、訂正、補足をする。

1  原判決二三枚目裏九行目の「本件訴えは」の次に「法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして」を加える。

2  同二四枚目裏一二行目の「接待は、」の次に「支出の日こそ本件各支出と同一の日であるものの、」を加える。

3  同二五枚目裏三行目の「会計規程(」の次に「大阪府営」を、同四行目の「事務決裁規程(」の次に「大阪府」を、それぞれ加え、同九行目の「その決裁」を「課長の決裁」と改め、同一一行目の「主催課において」の次に「担当職員が」を、同末行目の「裁権者」の次に「である課長代理」を、同行目の「会計課長」の次に「あるいは課長代理」を、それぞれ加える。

4  同二六枚目裏八行目から同三一枚目裏五行目までの説示(原判決理由三の2、3)を以下のように改める。

「2 ところで、第一審被告らは、別表一記載の各会議接待は存在しないが、これとは別に別表二記載の本件各会議接待が行われたところ、本件各会議接待の目的、内容は、七拡事業の円滑な推進を主眼として開催された正当なものであり、かつ本件各支出は、本件各会議接待の費用の支払いにあてられ、その支出手続も適法であったと主張するから、この点について検討する。

(一)  <証拠>(監査の結果)によると、以下の事実が認められる。

(1) 大阪府監査委員は、本件監査請求について監査を実施したところ、別表一の各会議については、同表「会議費支出金額」欄記載のとおりの会議費が債権者に支払われていることは確認されたものの、別表一の各会議開催の事実については、「経費支出伺」、「支出伝票」等の支出関係書類に記載されているのみで、これ以外に右各会議開催の事実を証する客観的資料はみあたらず、また「経費支出伺」の上で会議に出席したとされている水道部職員の一部に他の公務日程との重複が明らかにされる等のことがあり、右各会議は、実際には行われていないのではないかとの疑いがもたれた。

(2) しかし、同監査委員は、水道部に対する事情聴取及び本件訴訟における第一審被告岩田光利を除く原審での証人及び第一審被告本人ら(証人阿部和雄、同中川淑、同居村洋三、第一審被告岡崎義彦)をはじめとする水道部職員らに対する関係人調査等をした結果に基づき、本件各支出は、別表一の各会議より先に行われた別表二の本件各会議接待のために行われたものと確認した。

(3) 監査委員が、本件各会議接待が現実に行われ、かつ本件各支出が本件各会議のために行われたと確認した根拠資料は、「水道部職員及び債権者である業者に対し、できる限りの聴き取り調査」をすることによって得られたものであった。

(二)  ところが、本件訴訟では、本件各会議接待の開催に関する客観的資料(たとえば、会議録など)あるいは本件各支出と本件各会議接待の結びつきの裏付けとなる客観的資料(たとえば、経費支出伺など)は、支出関係書類の一切を含め全く提出されず、右の点に関する証拠としては、前掲乙第六号証の一ないし四(別件訴訟での居村洋三の証人調書)、前記の各水道部職員らの証言、第一審被告岡崎義彦の本人尋問の結果並びに原審での第一審被告岩田光利本人尋問の結果があるのみである。

そこで、以下、これらの証拠に基づいて、右の各点について順次検討することにするが、これらの証言や本人尋問の結果は、すべて過去の記憶に基づく瞹眛なものでしかない。

(三)  本件各会議接待の開催ないしその目的、内容について

<証拠>によると、以下の事実が認められる(なお、阿部和雄は、昭和五六年四月一日から同五七年三月三一日まで水道部次長、中川淑は、同五五年七月一六日から同五七年三月三一日まで同部長、居村洋三は、同五五年四月一日から同五七年三月三一日まで同総務課長代理)。

(1) 開催日

前記各証人及び本人らは、自分が出席したこととなっている本件各会議接待の開催日について、監査委員の行った事情聴取ないし関係人調査の際、監査委員の方から指摘されてわかった(記憶が明らかとなった)と供述しているばかりか、右開催日の記憶が不確かである(たとえば、岡崎-以下、三2の認定中においては、関係者は、肩書を付さず、姓のみで特定する。-は、よし井の昭和五六年一二月八日の会議について同年六月に開催されたと思うと、また、居村は、嵯峨野の同年八月七日の会議について、冬に開催されたと思うと(<証拠>)、それぞれ供述している。)。

(2) 出席者

前記各証人及び本人らは、いずれも、各会議の出席者中別表二において氏名を特定されている水道部職員以外の出席者は不明であるとか明らかにできないと供述しており、その人数についての記憶すら瞹眛な例がある(岡崎供述)。また、出席者についての記憶が食いちがっている例がある(よし井の昭和五七年二月二五日の会議の出席者について、岡崎は、阿部、岡崎のほか工務課の主査北村等とし、阿部は、阿部、岡崎のほか人事担当の職員と水道部職員組合の代表者と述べている。)。

(3) 会議の目的、内容

これについての前記各証人及び本人らの供述は、七拡事業の円滑な推進のための指導助言、工事の進捗状況の報告、情報交換などと抽象的に述べるにとどまり、その具体性に欠ける。また、ある程度具体的にその内容を供述したものについても、反対尋問に対して合理的な説明ができない例がある(嵯峨野の昭和五六年六月二三日の会議及びベラローサの会議についての中川の供述)。

(4) 会議の場所

よし井は割烹、エンは焼肉屋「嵯峨野はバー、ベラローサはスナックであって、前二者については一応おくとしても、後二者については、およそ会議を開催するには不適当な場所というべく、現に、中川もベラローサでは会議に必要な書類を出してすらいないと供述している。また、阿部は、各会議の開催場所について、相手方の希望によって決定する例もあると供述している。

(5) まとめ

以上によると、別表二の各年月日、各記載の場所で、七拡事業の円滑な推進のための会議が、現実に第一審被告ら主張の出席者により開かれたとの心証がえられず、むしろ実際には、これらの会合の出席者は、別の者であり、また、会合の目的も、会議に名を借りたいわゆる酒食の提供であった可能性を払拭することができないのである。

(四)  本件各支出と本件各会議接待の結びつきについて(本件各支出が本件各会議接待のために行われたかについて)

ところで、大阪府監査委員が、本件各支出が、本件各会議接待のためのものであると、その結びつきを確認したことは、前述したとおりである。

さて、この点に関し、(三)に掲げた各証拠及び原審での第一審被告岩田光利の本人尋問を総合して検討すると、右結びつきについて、次の疑問点がある。

(1) 右結びつきについての関係者の認識等

岡崎は、本件各支出に関する経費支出伺、支出伝票、請求書があると供述するものの、これらの書類に直接あたって右結びつきのチェックをしたことがないし、本件各支出伝票の発行を決済する立場にあった居村は、嵯峨野分の支出について、水道部に在職した昭和五七年三月までには、経費支出伺や請求書をチェックしていないと、それぞれ供述している。

また、岩田も、昭和五七年一一月ころに大阪府の決算特別委員会で右の点について質問を受け、調査を指示し、実際に本件各会議接待に出席した者の氏名、開催の日時、目的等を把握でき、一覧表を作成したと供述しながら、現在この一覧表がどこにあるか、また誰から右指示をした調査の結果の報告を受けたかは判らないし、これらの会議の裏付けとなる書類はなかったと思うと供述している。

さらに、岡崎、阿部、中川、居村らは、監査委員によって行われた関係人調査で、監査委員から右の結びつきについて質問された際に、同人らの方から積極的にその関連性を釈明した旨の供述はしておらず、むしろ本件各会議接待に出席したかという監査委員の質問を肯定したにすぎないと供述をしている。

そうすると、前記各証人及び本人らは、監査委員の質問により、あるいは監査の結果を一読して右結びつきを知ったにすぎないから、右結びつきの客観的裏付けとなりうるような書類が、現実にあるかどうか疑問である。

(2) 支出手続上の疑問点

第一審被告ら主張のように本件各支出が本件各会議接待のために行われたとみると、右支出手続には以下の不自然な点がある。

本件各支出の経費支出伺は、いずれも本件各会議接待の三か月ないし一年後である昭和五七年五月に作成されたというのであるが(岡崎供述)、たとえ緊急の会議で事後に経費支出伺を作成する場合(これ自体違法な手続ではある。)であっても、会議終了後早急に経費支出伺が作成されるのが当然であるし、また債権者からの請求も会議終了後、その都度され、これがあれば間もなく支払がなされるのが通常である(現に昭和五七年三月まで総務課長代理として支出伝票の発行を決済していた居村は、請求書は会議後直ちにくるのが普通であり、半年も遅れてくるようなことはないし、請求があれば三五日以内に支払をなすべきこととされている旨供述している。)ことに照らし、異常である上、本件各会議接待はいずれも支出の前の会計年度に行われたこととなるから、会計原則にも反することとなる。

また、第一審被告らの主張によると、本件各支出のうちベラローサを除く分についてのものは、数回分についてまとめて処理されていることとなり、したがって経費支出伺も各会議ごとでなく数回分をまとめて一通作成されたものとみるしかないが(岡崎供述)、このような処理は事後処理としても不自然である。

さらに、業者である債権者の請求を根拠に経費支出伺を作成したというのに(岡崎供述)、支出金額と請求金額がいずれの債権者についても一致せず、前者の方が少ないのは値引きといえても、前者の方が多いものについてはその説明がつかないのである(居村は、前記の期間中にこのような金額の食いちがいがあったことはないと供述している。)。

そうすると、本件各支出が本件各会議接待のためになされたとみることには、支出手続上にも疑問が残るのである。

(五)  結論

以上の次第で、本件各会議接待が、第一審被告らが主張する目的で、別表二のとおり開かれたとの心証を惹かないし、本件各会議接待と本件各支出との結びつきについて前述した疑問点がある限り、この結びつきを肯認して本件各支出が正当であったとは、到底いえない筋合である。

そうすると、本件各支出が、水道企業経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものとは認められないから、本件各支出は、違法な公金の支出に該たるというほかはない。

5  同三二枚目表三行目の「いうべきである。」の次に以下の説示を加える。

「なお、この場合の長の責任の根拠を、第一審被告岩田が主張するように、補助職員に対する指揮監督義務を怠ったことととらえる見解は、補助職員が長の事務を手足として補助執行する者にすぎず、いわば長の履行補助者的な立場にある者とみ、補助職員の責任がそのまま長の責任を基礎づける関係にあるとする原・当審の見解に合致しないものであるばかりか、指揮監督行為を、財務会計上の行為とみることにも困難があるから、この見解を採用しない。」

6  同枚目表八行目に「前記三1」とあるのを、「前記三」と改める。

二  以上によると、第一審原告らの第一審被告岩田光利に対する請求は、大阪府に対し、金六七万八三七〇円及びこれに対する昭和五八年八月二七日から支払済まで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があり、同被告に対する「陽気」への支出にかかる訴え及び第一審原告らのその余の第一審被告らに対する訴えはいずれも不適法であるから、第一審原告らの第一審被告岩田光利に対する請求を右の限度で認容し、同被告に対するその余の訴え及び第一審原告らのその余の第一審被告らに対する訴えをいずれも却下した原判決は相当である。

そこで、本件各控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文に従い、また、第一審原告佐久国美を除く第一審原告らの仮執行宣言の申立て(第一審における勝訴部分についてのものを含む。)は相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古嵜慶長 裁判官 上野利隆 裁判官 瀬木比呂志)

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